【ハルノートとは】簡単にわかりやすく解説!!背景や内容・日本の対応・その後など
【ハルノートとは】簡単にわかりやすく解説!!背景や内容・日本の対応・その後など

【ハルノートとは】簡単にわかりやすく解説!!背景や内容・日本の対応・その後など

日米開戦1カ月前の1941年11月、日本は中国やフランス領インドシナの支配をめぐって、アメリカとギリギリの交渉を続けていました。 しかし、その交渉もハルノートと呼ばれる1通の外交文書によって打ち切

第二次世界大戦において戦った国は連合国と枢軸国なのですが、実はこの枢軸国が結成された同盟があり、これによってドイツや日本は大きな影響を受けることになっていきます。 今回はそんな大きな影響を与えた同盟である『日独伊(にちどくい)三国同盟』について簡単にわかりやすく解説していきます。 日独伊三国同.

②日米交渉の推移

その交渉を実際に進めたのが、駐米大使の野村吉三郎とハル国務長官でした。

日米交渉では当初、三国同盟の反米的性格を薄めた日米諒解案が作成されていました。

ところが、松岡洋右外相がこの諒解案に反対したことで、交渉は暗礁に乗り上げてしまいます。

そこで、日本は11月5日の御前会議で、日米交渉の最終案として、アメリカ側に提示する2種類の案を用意します。

ハル国務長官は11月26日、駐米大使の野村吉三郎とその補佐役の来栖三郎を呼び寄せ、日本側が提示する2案に同意できないとして、その代わりにハルノートを提示します。

ハルノートの内容

第1項では、一般的な4つの平和原則(いわゆるハル四原則)が示されています。それは次のようなものでした。

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(1)あらゆる国家の領土保全と主権を侵害してはならないこと。

(2)他国の国内問題に関与してはならないこと。

(3)通商上の機会や待遇で平等を守ること。

(4)紛争を防止し平和的な解決ができるように、国際協力をすること。

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(1)日本・アメリカ・イギリス・ソ連・オランダ・中国・タイの間での相互不可侵条約を締結すること。

(2)日本・アメリカ・イギリス・オランダ・中国・タイの間で、フランス領インドシナの不可侵と、フランス領インドシナにおける経済上の平等待遇に関して、協定を締結すること。

(3)中国・フランス領インドシナから日本軍を撤収させること。

(4)日本が蒋介石率いる国民政府以外の政権を支持しないよう確約すること。

(5)中国における治外法権と租界を放棄すること。

(6)最恵国待遇を基礎とする日米間通商協定を締結すること。

(7)日米が経済制裁のため相互に行っていた資産の凍結を解除すること。

(8)円・ドル為替を安定させること。

(9)日独伊三国軍事同盟を実質的に破棄すること。

(10)日米両国がこの協定内容を推進すること。

ハルノートへの日本の対応

ハルノートの内容はアメリカ側では「平和的解決案」としてみなされていましたが、日本からすれば、「アジアの情勢を満州事変以前の状態に戻せ」と言っているようなものです。

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当時外相だった東郷茂徳は、「自分は眼も暗むばかりの失望に撃たれた。其の内容の激しさには少なからず驚かされた」と、ハルノートを受け取った時の失望を語っています。

そして、1週間後の12月8日に、日本海軍がハワイの真珠湾にあった米軍基地を奇襲攻撃したことにより、アジア・太平洋戦争が始まりました。

敗戦後の日本

ハルノートの存在が一般によく知られるようになったのは、戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)を通してでした。

連合国側の判事の中で、この裁判の欺瞞を唱えたインド代表の法学者パールは、ハルノートについて、「このような覚書を受け取れば、モナコ公国やルクセンブルク大公国であっても、アメリカに対して戦争を仕掛けたであろうと、現代の歴史家たちでさえも考えることがありうるだろう」と述べています。

まとめ

✔ ハルノートは、1941年11月に日米交渉の最終段階で、アメリカ国務長官ハルが日本側に提案した外交文書のこと。

✔ その内容は、中国とフランス領インドシナからの撤退や、アメリカが支援していた蒋介石率いる国民政府への支持など、アジアの情勢を満州事変以前の状態に戻すように、日本に要求するものだった。

✔ 日本はこれをアメリカの最後通牒とみなし、12月1日に日米開戦を決定した。

✔ ハルノートの存在は、戦後の極東国際軍事裁判を通して知られるようになった。

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