全自動化の歴史
全自動化の歴史 どういうことかというと、蒸気機関を発明したのはジェームズ・ワットですが、これ以前から蒸気を機械に利用する仕組みは考案されていました。
どういうことかというと、蒸気機関を発明したのはジェームズ・ワットですが、これ以前から蒸気を機械に利用する仕組みは考案されていました。 しかし、ワットが復水器を発明したことで、シリンダーが常に高温に保たれることになり、実用に耐えうるほど効率が高まったのです。これが1769年で、続いてこの機関から歯車を使って回転運動を得たのが1781年。さらに、回転運動を一定にするため、1788年に遠心調速機を発明しました。 安定した回転運動、これが産業革命をもたらしたのです。そして、この遠心調速機こそ、世界初の「自動制御」とされています。
自動計算機の誕生は1890年頃です。 1880年、アメリカの人口は5000万人を超えており、このときの国勢調査で人口を集計するのに8年ほどかかりました。人口は拡大の一途をたどっており、10年後の国勢調査では集計が間に合わないのではないかと危惧されていました。 この状況を解決したのがハーマン・ホレリスでした。ホレリスはパンチカードを発明し、カードの所定の位置に穴を開けることで、それを機械的にソートできることを示しました。 こうして、1890年の国勢調査は、1年ほどで集計できたのです。
19世紀初頭、イギリスの数学者チャールズ・バベッジが世界で初めて「プログラム可能」な計算機を考案しますが、この機械は未完成のまま終わりました。 実際に登場した最初の機械は、1941年にドイツで発明された「Zuse Z3」という継電器(リレー)式の計算機で、プログラムを記録したテープでデータ処理しました。 一方、アメリカでは1946年に真空管式の計算機ENIAC(エニアック)が登場。これはスイッチの切り替えでプログラミングするもので、アメリカ陸軍が主導し、大砲の弾道を計算するために造られたものです。
左:UNIVAC120の中枢。真空管5400本で11桁の足し算を毎秒4000回可能 右:UNIVAC120のメモリ。超音波水銀遅延回路で、144万桁を同時に記憶可能区間 1……2……3……4……5 席数 100 100 100 100
区間 1……2……3……4……5 席数 100 99 99 100
となるわけです。この数字が0になった区間は切符を販売しないということです。 スゴイざっくり言うと、コンピュータ制御って、現在の数字から引き算(足し算)して、目標値になったら終わりという考えなんです。式で言うと、ab だけですべて判断してるんです。
制作:2011年7月17日<おまけ> UNIVACを作ったレミントンランドは太平洋戦争中、アメリカ陸軍で使われた拳銃を製造していました。戦後の1952年には、GHQ最高司令官だったダグラス・マッカーサーを会長として迎えています。アメリカは今も昔も軍需産業が強いんですね。 その後、レミントンランドは合併され、現在はユニシスとなっています。 © 探検コム メール