「 貞観 じょうがん 政要 せいよう 」太宗
中国史上有数の名君の一人と称えられる唐の太宗の言行録で、帝王学の教科書。元のフビライ・ハン、明の万暦帝、清の乾隆帝の他、源頼朝、徳川家康や明治天皇もこれに学んだ。「貞観政要」の要約・解説・まとめを分かりやすく。
人間は「本質的要素」と「付随的要素」から成る。
「本質的要素」とは、これをなくしてしまうと人間が人間でなくなるという要素であり「徳」とか「道徳」という。
具体的には、人を愛するとか、人を助けるとか、人に報いるとか、人に尽くすとか、あるいは真面目であるとか、素直であるとか、清潔であるとか、よく努力をする、注意をするといったような人間の本質部分である。
もう一つは「付随的要素」で、大切なものではあるが、少々足りなくとも人間であることに大して変わりないというもので、例えば「知性・知能」や「技能」といったものである。
ことに戦後の学校教育は非常に機械的になり、単なる知識や技術にばかり走っている。近来の学校卒業生には、頭がいいとか、才があるとかという人間はざらにいるが、人間ができているというのはさっぱりいない。
そのために、下っ端で使っている間はいいが、少し部下を持たせなくてはならないようになると、いろいろと障害が出るといった有様だ。これは本質的要素を閑却して、付属的方面にばかり傾いた結果である。
⑥ピーター・ドラッカー『経営者の条件』
知識やスキルも大切だが、成果をあげるエグゼクティブの自己開発とは、真の人格の形成でもある。
⑦S・コヴィー『7つの習慣』
建国から約150年間に書かれた「成功に関する文献」は、誠意、謙虚、誠実、勇気、正義、忍耐、勤勉、質素、節制、黄金律など、人間の内面にある人格的なことを成功の条件に挙げている。私はこれを人格主義と名づけた。
ところが、第一次世界大戦が終わるや人格主義は影をひそめ、成功をテーマにした書籍は、いわば個性主義一色になる。成功は、個性、社会的イメージ、態度・行動、スキル、テクニックなどによって、人間関係を円滑にすることから生まれると考えられるようになった。
⑧稲盛和夫『生き方』
人の上に立つ者には、才覚よりも人格が問われる。
戦後日本は経済成長至上主義を背景に、人格という曖昧なものより、才覚という成果に直結しやすい要素を重視してリーダーを選んできたが、それではいけない。
西郷隆盛も「徳高き者には高き位を、功績多き者には報奨を」と述べているし、明代の思想家呂新吾は著書『呻吟語』の中で「深沈厚重なるは、これ第一等の資質。磊落豪雄なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるは、これ第三等の資質」と説いている。
この三つの資質はそれぞれ順に、人格、勇気、能力とも言い換えられる。(一部要約)
本を読まねば人は大いに学問をしなければならない。私は以前、武力で世を平定するのに忙しく、読書をする余裕がなかった。君臣父子や政治教化の道は、すべて書物の中に記されている。
昔の人はこう言っている。「勉強しなければ垣に向かって立っているようなもの(何も見えない)。いざ事に臨んだときにも、心が乱れるばかり」。これはでたらめではない。
武力で天下を取った太宗でも、国を治めるには学問が必要であり、そのためには読書が不可欠であると認めている。これは非常に興味深い。
読書で過去と向き合い、人・仕事・芸術・異文化・体験などを通じて現在と向き合い、内省で将来に思いを馳せる。これらが徳を磨くために必要な要素であろう。
人事部長のつぶやき
裸の王様になっていないか昔、皇帝に諫言した家臣が、罰として処刑されたと本で読んだ。これには嘆息するばかりだ。皆は、ひたすら正しい主張で忌憚なく私に諫言し、政治に役立つようにせよ。
強く諫言して私の意に背いたからといって、みだりに責めて処罰したりはしない。
これはビジネスパーソンにも、そのまま当てはまる。役職が上がるにしたがって、自分を批判したり、誤りを正してくれる人は少なくなる。しかしそれに気付かず、「偉そうに」している人のどれだけ多いことか。
一時期、「#忘年会スルー」とか「#飲み会スルー」という言葉が流行った。最近の若者は飲み会を回避する傾向があるという。いやいや、それは若者が原因なのではない。単純にそれは年長者が彼らの身になる話や、興味深い話を提供できていないということだろう。
中国の壮大さと末恐ろしさ隋の煬帝が離宮に出かけたところ、その庭の様子が気に入った。
しかし、蛍がいないのを残念に思い、「蛍を捕まえてきて、宮中で闇夜を照らせ」と命じたところ、役人は直ぐに数千人を派遣して蛍を採集し、車五百台分の蛍を離宮に送った。
さすが中国、スケールが違う。文脈としては、煬帝の私利私欲がよく見えるエピソードということで語られるが、それにしても煬帝への忖度っぷりが凄い。中国の皇帝となると、とてつもない権力を握れるということの証左である。
一方、ウイグル弾圧等、やっていることは手厳しい。権力は集中しているが、あまり強力なリーダーシップを見せないように配慮しているのであろう。
ちなみに「焚書坑儒」というのもスケール感が凄い。おさらいをすると、焚書坑儒とは、紀元前213年、秦の始皇帝が自らの専制支配を貫徹するため、民間にあった医学・占術・農学以外のすべての書物を焼かせ (焚書)、翌年帝を非難する儒者460人を生き埋めにした (坑儒) こと。