小田原城
小田原城は海と台地に天守が映える関東の名城。整然とした城下を記したケンペルの記録を思いながら、美しい城門や石垣、小峯大堀切など惣構え遺構を巡り、北条ゆかりの史跡と名物を味わう。
小田原城って、歩けば歩くほど驚きがあるんです。天守だけで満足していたらもったいない。町をぐるりと囲んでいた「総構」の存在を知って地図を広げてみると、当時のスケール感にわくわくします。これはまさに、防衛と都市づくりが一体だった戦国時代の最前線。北条氏の知恵と工夫が、今も街のあちこちに息づいているのを発見するのが楽しくて、つい予定より長居してしまいました。歴史も散策も好きな方には、ほんとうにおすすめのお城です。 記録:風土記のたまご 2025
小田原城内のニホンザル7匹が茨城県内の東筑波ユートピアに、2023年12月14日をもって譲渡された。「お城の動物園」の名残で引き取り手が見つからなかった猿が残されていたが今年でその幕を閉じた。サル舎は令和6年1月下旬以降に解体撤去される予定だ。長年、見てきただけあってなにやら、ちょっと寂しい気もする。 記録:shirofan 2023
小田原城と朝日の写真が撮りたいと思って調べてみると、撮影場所は八幡山古郭東曲輪から小田原城天守閣ごしの朝日で、11月10日〜1月20日あたりが天守閣の背後に朝日が重なるようです。天守閣との距離が近いので、あまり望遠は使えず太陽が小さくなると思います。 記録:カメラ小爺 2022
治承4年(1180)、源頼朝が伊豆に挙兵しその際、戦功のあった小早川遠平が小峰山に居館を構えたのがその始まり。応永23年(1416)に乱があり、この一族は失脚する。その後、大森氏が入り、城郭を拡張、明応4年(1495)、伊豆の韮山城の北条早雲によって小田原城は奪われ、以来、氏綱、氏康、氏政、氏直と北条氏の本拠地となる。この北条時代の間、拡張につぐ拡張で城は総構えを持つに至る。 城というとその立地条件がものを言うが、小田原城は、東海道から関東への入り口で、関東を征したい秀吉にとって、非常に邪魔な存在だったに違いない。天正18(1590)年の小田原討伐後は、この大城郭は取り壊され小規模な城になり、大久保氏、安部氏、稲葉氏と城番が置かれ、1686(貞享3)年、再び大久保氏が入封し明治を迎える。 天守は明治になって取り壊された、今は復興天守が建つ。早雲が牛の角に松明をつけ夜襲をかけるという奇策を用いて城を奪ったというエピソードは有名。謙信9万6千、信玄2万5千もはねのけ、秀吉が小田原城から見えるところに石垣山一夜城を短期間で築城し、北条勢にその力を見せつけ開城させたことなどから、いかに小田原城が難攻不落だったかが分かる。今も総構えの一部など小田原の各所に点在している。 記録:秀吉 2018
小田原城はほかの日本の城と少し違うところがある。なんと城下町全体を壁で囲っていたのだ。ヨーロッパの城に発想が似ているが、この日本唯一の城郭都市の構造、総構えと呼ばれるこの構築物によって、他の侵入を許さなかった。かの上杉謙信、武田信玄、豊臣秀吉も真っ向から攻めると必ず敗れたという。 記録:秀吉 2018
小田原久野に北条幻庵の庵跡があります。久野保育園のすぐ前です。 記録:かたちゃん 2017 小田原城の公園敷地によく女優の藤谷美和子さんがいらっしゃいますよ。 朝と夕方の時間帯にいることが多いですね。 記録:ゆり 2014 広場にあった動物園には最初ライオン、像、クジャク、さる、なんかが飼われていて像のウメコさんは長生きで新聞に載って有名でした。私はクジャクが羽を広げているところが好きでした。 記録:たけちゃん 2012 この城が復興されるとき小田原市民はこの城の屋根瓦裏に名前を記入して資金寄付したものです。 記録:たけちゃん 2012 有名な北條氏は1590年に移封され、大久保氏、稲葉氏ら徳川の重臣が入城するようになります。徳川系初代小田原城主である大久保忠世を祀る大久保神社が今もあります。 記録:NSカトー 2011 明治維新での廃城令により、一度は破棄されましたが、昭和30年代に天守閣を復興。ただし正確な絵図などはなく、古写真を基に復元されたそうです。 記録:NSカトー 2011 銅門には3・4・5・9・10・11月の日曜日に北條手作り甲冑隊が出陣してます。記念写真の撮影サービスをしてくれます。もちろん無料です。 記録:NSカトー 2011 小田原駅西口の八幡山には、旧小田原城(北條氏康初期までの本丸)の城跡がみられ、特に小峰に代表される大堀切は必見の価値です。 記録:NSカトー 2009 平成21年4月に馬出門が公開されました。常盤木門〜銅門〜馬出門と続く、江戸後期の小田原城正規登城ルート整備計画に沿って、今後は馬出曲輪の整備に入る様子です。 記録:NSカトー 2009ミシュラン?に箱根が載ったらしくこの城にも外国人が多い。平成になって増築がすすみ、巨大城郭の貫禄がでてきた。天守閣展望台からは箱根関東遠州灘が望め戦国のお殿様になった気分だよ! 記録:PRADA 2009
天守一階に天守雛形が二基展示されています。解体中の天守古写真との比較で、いずれも旧天守のものではなく検討用のものと思われていますが、失われた天守の雛形はここと大洲城のものしか存在せず大変貴重なものです。 記録:氏綱 2006
小田原城で甲冑を着ての写真撮影は大人200円で子供はなんと100円でした。とても安くて大満足しました。 記録:平成侍 2006土肥氏が最初建てた頃は本丸は現在の位置ではなく八幡山の頂上、今の小田原高校のあたりにあったらしい。少し前までは遺構が残っていたらしいが校舎の建て替えに従って潰されることになった。僕が行った頃は、ちょうど文化庁が急遽調査をしているところだった。今はどうかわからない。 記録:織田信澄 2006
ここは市民の憩いの場で動物園まである。4回行っているが歴史を最も感じさせてくれる。必見!又必見!である。銅門が出来てすぐに行った時、縦100cm、横70cmのODAWARA CASTLE 特大ポスターを親切な職員の方から貰った。未だに飾り眺めて悦に入っている。最高に素晴らしい。フッ、フッ、フッ羨ましいだろう。キンケイ鳥が卵を産んだのを見つけて、売店のおばさんに知らせたのは何を隠そうこの私なのだよ。周りのその時の驚きようは、面白い位騒いでいたよ。今どうしているかな~。一番印象に残っているのは、やっぱりかりがね門だったな~。うん!あの雰囲気はとてもいい。 記録:ハッピーユキちゃん 2005
小田原城の北西方向は新幹線、在来線、登山鉄道、県道によってトンネルが掘られたり、山が削られているので天守閣の真裏がすぐ線路という状態になっている。もっと考えて都市計画してくれよ! 記録:メジロ 2003
小田原城を巡ったあとのグルメは「田毎」そば屋。馬出門土橋の近くでざるそばがうまい。そのほか「伊正利王爵」イタリア料理。新鮮な肉や魚介類を使ったスパゲッティー(パスタ)、クリームチーズ巻などが絶品。大工町交差点近く。ラーメンではあっさりした醤油味の「十三(とさ)」。韓国料理では「梨花園」タン塩、カルビと最高の味だそうな。 記録:氏綱・NSカトー 2002
小田原城に行って来ました。絶好の行楽日和とはいきませんでしたが雨に降られ無かったのはよかったです。初めに、本丸のあった小田原高校へ行きました。裏門から入りましたが、何となく残っていた感じでした。また、天守台跡のあると聞いたプールも見ましたが、私には分りませんでした。帰りは正門から出ましたが、こちらもそれらしい感じでした。次に小峰の堀切に行く前に大久保神社によりました。ここは江戸時代の城主であった大久保氏の神社で(名前がそのまま)こじんまりした所でした。そして、小峰の堀切へと向かいました。そこは今でも深い堀が残っていました。こんなのが小田原の町全体を囲んでいたとは、すごいです。それから町のほうへと降りて、今あるお城へと行きました。本丸広場で菊花展というようなものをやっていました。最後に北条氏政、氏照兄弟のお墓に行きました。うーん。商店街のど真ん中にあるとは。そして、あの「幸せの鈴」。忘れずに貰ってきました。最後の一つでしたが、残りのもには福がと言うではありませんか。日は疲れたけど、楽しかったです。 記録:ぼのしげ 2000
小田原城は小田原駅(東口かな?)から5分くらい歩いたところです。見所は、天守閣や常磐木門、など復興されたものやお堀などがあり、満載です。是非とも天守閣の中に入ることをお薦めします。景色も宜しゅうございます。一夜城は行くのは厄介です。車なら目の前に駐車場があるので問題ないのですが。電車だと、JR東海道線早川駅から40分くらいキツイ坂を登って行かなければいけません。私は歩いた翌日から数日間、すねの筋肉痛で悩まされました。 記録:古屋 2000
小田原城では確か500円くらいで甲冑を着せてくれて、なおかつ写真撮影を城内でしてくれます。係のおじ様たちはとても親切で撮影スポットも教えてくれます。他のお客さんたちがイベントと勘違いをして、写真を一緒にとらせてとせがまれたりして、ちょっとしたモデル気分になれますよ!甲冑の種類が幼稚園児位から大人まで3種類あるので家族でも楽しめると思います。 記録:森走丸 1999
二の丸周辺には、春になると桜の花が、お堀沿いに咲き乱れ、とても綺麗です。もちろん本丸にも咲きますが、象の糞の臭いが漂ってくるのでちょっとゆっくりはできないかも?(笑) 記録:なべっち 1998歴史見聞館には将来の小田原城復元計画(構想図)があります。つぎは二の丸御屋形の表面表示でしょうか。少しずつ復元されていく小田原城は一回だけ行くのではなく、何年か毎に行くと復元が進んでいてなかなか良いですよ。 記録:村松成高 1998
二の丸大手門ともいえる銅門桝形と渡櫓、塀が復元されました。関東大震災で石垣が崩壊してから75年目の復元です。震災で崩壊した城の勇姿の一端が復元されました。 記録:村松成高 1998毎年5月3日に「北条五代祭り」が行われます。仮装行列もあって、歴代の当主はもちろん家臣や姫様までいます。氏照を八王子市長がやってたり忍城があった寄居町の旗指物があったり、北条氏の縁で結ばれた町が今でも交流があることにちょっと感動しました。 記録:かやきひかる 1998
本丸、天守の下の広場にはなんと動物園がありました。と言っても、せいぜいヤギとかアヒル程度の、小学校で飼ってる動物でしたけど。天守閣と動物のオリの取り合わせはなんかとっても変な感じでした。 記録:長利智祐 1998
小田原城で復元工事が進められて昨年度完成した銅門のまわりの公園化工事が現在進んでおります。4月完成予定のようです。ちなみに、銅門は発掘調査の結果と、江戸時代の絵図と明治初期にFar East誌に掲載された写真をもとに復元されています。 記録:あぐい 1998
小田原城での発見を記録に残しませんか? 撮影・記録- 豊臣兄弟の城 Pickup
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城郭カメラマン 岡 泰行(プロフィール)運営。1996年の開設以来、現地で「見た」「聞いた」ことを“見聞録”として記録。歴史旅を導く知識と発見を、あなたのチェックリストに。
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