高野悦子「二十歳の原点」にある「旅に出よう」の詩について
高野悦子「二十歳の原点」にある「旅に出よう」の詩について

高野悦子「二十歳の原点」にある「旅に出よう」の詩について

今回は高野悦子の「旅に出よう」という詩をご紹介します。【動画】(朗読)高野悦子の詩「旅に出よう」~「二十歳の原点」より別バージョンの高野悦子の詩の音声解説(朗読と鑑賞)はこちら高野悦子という人物をご存知でしょうか?「二十歳の原点」の作者といえば、想い出す人が多いかと思います。「二十歳の原点」は1971年に新潮社から発行されたました。高野悦子の日記をまとめたものです。学生時代にこの「二十歳の原点」を読みましたが、当時の私は難解な哲学書などと格闘していて、「二十歳の原点」を侮っていたのです。あれから

旅に出よう

テントとシュラフの入ったザックをしょい

ポケットには一箱の煙草と笛をもち

旅に出よう

出発の日は雨がよい

霧のようにやわらかい春の雨の日がよい

萌え出でた若芽がしっかりとぬれながら

そして富士の山にあるという

原始林の中にゆこう

ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら

一層暗いその根本に腰をおろして休もう

そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して

暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう

近代社会の臭いのする その煙を

古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう

そしてその岸辺にたたずんで

一本の煙草を喫おう

煙をすべて吐き出して

ザックのかたわらで静かに休もう

原始林を暗やみが包みこむ頃になったら

湖に小舟をうかべよう

衣服を脱ぎすて

すべらかな肌をやみにつつみ

左手に笛をもって

湖の水面を暗闇の中に漂いながら

笛をふこう

小舟の幽(かす)かなるうつろいのさざめきの中

中天より涼風を肌に流させながら

静かに眠ろう

そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

現代詩は、高野悦子の「旅に出よう」にある、 「生きることがそのまま詩になる」という「詩創作の原点」 を失ったから衰弱してしまった、という思いを新たにしました。

ただ今は 、原始林の中に広がる清澄な空気を胸いっぱいに吸い込むように、高野悦子の詩を素直に呼吸したい と願うばかりです。

2021/01/19 13:57 2022/01/20 09:05 2025/09/04 23:24

詩の中の人が、ポケットに入れて、左手に持って、吹いて、湖に沈めたという笛とは何の笛だろうかと思いました。ポケットに入って、アウトドアに持っていくようなものなので、登山用ホイッスルや熊対策の笛かと想像しました。 なぜ左手だったのでしょうか。右手にはタバコがあったのか。利き手が左だったのか。利き手は右だったから空けておくために左手に持ったのか。 登山用の場合、笛は首からかけるのではないだろうか。それともその人の習慣で、ひも付きの笛を首から下げずに左ポケットに入れていたのか。 具体的な場面の想像にしろ、象徴的な描写にしろ、何らかの笛であって、何らかの経緯で左手に持ったと思います。 この笛がメロディーを奏でるものではなく、登山用や熊用のものとしたら、それは基本的に人や動物などに対して自分の存在を知らせたり、相手に呼びかけたりするもの。 そうだと考えると、暗闇に包まれた森深い湖上で吹くこの笛の音色は、ロマンティックではなくむしろ孤独に響きます。