立原道造 「やがて秋……」(詩集『暁と夕の詩』より)
やがて秋……やがて 秋が 来るだらう夕ぐれが親しげに僕らにはなしかけ樹木が老いた人たちの身ぶりのやうにあらはなかげをくらく夜の方に投げすべてが不確かにゆらいでゐるかへつてしづかなあさい吐息にやうに……(昨日でないばかりに それは明日)と僕ら
忘れてしまつて 深い秋が訪れた!(春を含んで) 湖は陽にかがやいて光つてゐる 鳥はひろいひろい空を飛びながら 色どりのきれいな山の腹を峡の方に行く 葡萄も無花果も豊かに熟れた もう穀物の収穫ははじまつてゐる 雲がひとつふた.
三好達治 「朝はゆめむ」(詩集『故郷の花』より)朝はゆめむ ところもしらぬやまざとに ひまもなくさくらのはなのちりいそぐを いろあはきさくらのはなのひまもなくななめにちるを あさはゆめむ さくらのはなのただはらはらとちりいそぐを はらはらとはなはひそかにいきづきてかぜにみだれ.
八木重吉 「秋」「果物」「壁」「障子」「木」「素朴な琴」「響」「秋のひかり」(詩集『貧しき信徒』より)秋 こころがたかぶってくる わたしが花のそばへいって咲けといえば 花がひらくとおもわれてくる 果物 秋になると 果物はなにもかも忘れてしまって うっとりと実みのってゆくらしい 壁 秋だ 草はすっかり色づいた 壁.
萩原朔太郎 「廣瀬川」「晩秋」(詩集『純情小曲集』『氷島』より)廣瀬川 廣瀬川白く流れたり 時されば皆幻想は消え行かむ。 われの生涯らいふを釣らんとして 過去の日川邊に糸をたれしが ああかの幸福は遠きにすぎさり 小ちひさき魚は瞳めにもとまらず。 晩秋 汽車は高架を走り行き 思ひは陽.
中原中也 「蜻蛉に寄す」(詩集『在りし日の歌』より)蜻蛉に寄す あんまり晴れてる 秋の空 赤い蜻蛉(とんぼ)が 飛んでゐる 淡(あは)い夕陽を 浴びながら 僕は野原に 立つてゐる 遠くに工場の 煙突が 夕陽にかすんで みえてゐる 大きな溜息 一つついて 僕は蹲(しやが)ん.