白銀大火とは? わかりやすく解説
白銀大火とは? 白銀大火(しろがねたいか)とは、1961年(昭和36年)5月29日午後11時40分ごろ、青森県八戸市白銀町で発生した大火である。白銀町大火ともいう。放火事件から拡大して大火災害となった事例である	...
午前2時ごろ東風にかわり、火は三島神社下から八戸線をまたぎ、白銀中学校の手前から八戸水産高校グラウンドまで達し、5時間に渡って延焼が続き、出火場所から鮫に県道を挟んで長さ1500m、幅200m、約30万m 2 を消失し、戦後最大級の災害となった。この火災による被害は、住家・非住家併せて700棟、1000世帯が全焼、被災者4147人、損害額は25億円(現在の価値で100億円 [3] )に上った。この火災により、白銀町の全戸数のうち70%が消失した。
- 火災通報の遅延
- 第一発見者や周囲の人が避難や家財の搬出に追われ、初期消火を行っていなかった。実際に、出火時刻は1961年5月29日の午後11時40分ごろとされているが、通報があったのは出火から12分後の午後11時52分で通報者は八戸市消防団第5分団第2班屯所の団員であった。暴風警報が解除され、対策本部も解散したことからホッとして外に出たところ、火が上がっていることを確認して通報に至った。一方で地域住民からの通報は無かった。また、午後11時45分ごろには白銀方面の空が明るいことを認知しており、消防本部では火災が起きているかどうか確認を急いでいた最中であった。
関連する災害
関連項目
脚注
- ^https://hachinohe-konjaku.blogspot.com/2009/03/blog-post_15.html?m=1
- ^ abcde 風と炎-八戸市 1962年5月29日発行
- ^1961年(昭和36年)と2007年(平成19年)の当時消費者物価指数を比較)2005年(平成17年)の物価を対比
- ^ 灯盡 : 白銀大火40周年記念誌-白銀振興会 2002年
- ^ 当時の首都圏対青森方面の東北本線急行列車は特急はつかりをはじめ、多くが仙台から南は常磐線を経由していた。
- ^ “「昭和36年5月末の三陸沿岸大火による森林被災状況についての調査報告」(1965-02)”. 東北支場経営部経営第4研究室. 2020年12月13日 閲覧。
参考文献
- 楠美鐵二(1981)「青森県百科事典」東奥日報社
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